Take home message
・脊髄損傷を疑う患者は、脊椎固定を行いながらまずは気道、呼吸、循環の評価・介入を行う
・気道、呼吸障害がある場合は、気管挿管・人工呼吸器管理を検討する
・循環障害がある場合は、大量輸液とノルアドレナリンの使用を行う
・上記蘇生が終了したら、診察・画像検査で脊髄損傷の診断をつけ、診察で高位診断、重症度診断を行う
・初期には脊髄ショックに至っている場合があり、その場合は脊髄ショック離脱後に重症度診断を行う(脊髄ショックの離脱は球海綿体反射を参考にする)
・早期除圧術の適応について速やかに整形外科にコンサルテーションを行う
初期治療
・気道、呼吸、循環の安定化を最優先とする
・脊髄損傷が疑われる or 診断されている患者に対して、さらなる損傷を防ぐために脊椎固定を行う
・これには、硬性ネックカラー、搬送用バックボード、患者移動方法(ログロールやログリフトなど)を使用する
・低血圧(SBP<90mmHg)は、長期的な神経学的予後を悪化させるため短時間であっても避けるべき
・多発外傷患者では、循環血漿量が低下しており、さらに脊髄交感神経が遮断されると、血管拡張と徐脈(神経原性ショック)が生じるため、重大な問題となる
・大量の晶質液による蘇生が基本になるが、カテコラミンの投与(ノルアドレナリンなど)が必要になることもある
・蘇生が完了したら、ベースラインの神経所見と神経学的損傷の高位を特定する(後述の脊髄ショックを合併している場合は、高位診断は可能だが、重症度診断は脊髄ショック離脱後に評価すべき)
・骨靭帯損傷と神経学的損傷の早期発見と分類は、迅速な治療を行うために必要
・高エネルギー外傷で、頚椎損傷が確認された患者を評価する場合、臨床的に明らかでない併発損傷を除外するために胸腰部画像の撮影も推奨される
・初期診断におけるMRIの役割は依然として不明確
・診断的検査と同時に、患者は呼吸、循環を継続的にモニタリングできる集中治療室に搬送すべき
高位診断と重症度
神経学的損傷の高位診断
両側の筋力が正常(MMT≧3)かつ感覚が正常である最低高位で定義
※高位診断は画像的ではなく、神経診察でのみ診断可能!(脊椎高位とは基本的にずれが生じることに注意)
脊髄損傷の重症度診断
ASIA機能障害尺度(AIS)で評価
A(完全麻痺):障害高位以下のS4,5の感覚(肛門周囲の感覚)と運動(肛門収縮)含めて機能が消失
B(感覚不全麻痺):障害高位以下の感覚は残存しているが、運動機能は消失
C(運動不全麻痺):障害高位以下の感覚は残存しており、MMT≧3の主要筋が半分未満
D(運動不全麻痺):障害高位以下の感覚は残存しており、MMT≧3の主要筋が半分以上
E(正常):障害高位以下の感覚と運動機能がすべて正常
高位診断のために診察すべきKey Muscle
脊髄レベル | 主要筋群(Key Muscle) | 機能 |
---|---|---|
C3 | 僧帽筋 | 肩の挙上 |
C4 | 三角筋(横隔膜) | 肩の外転(呼吸) |
C5 | 上腕二頭筋 | 肘の屈曲 |
C6 | 手根伸筋 | 手首の背屈 |
C7 | 上腕三頭筋 | 肘の伸展 |
C8 | 指屈筋 | 指の屈曲 |
T1 | 小指外転筋 | 小指の外転 |
L2 | 腸腰筋 | 股関節の屈曲 |
L3 | 大腿四頭筋 | 膝の伸展 |
L4 | 前脛骨筋 | 足首の背屈 |
L5 | 長母趾伸筋 | 母趾の伸展 |
S1 | 腓腹筋 | 足首の底屈 |
S2 | ハムストリングス | 膝の屈曲 |
S3-S4 | 肛門括約筋 | 排便、排尿の制御 |
脊髄ショック(Spinal shock)
西伊豆健育会病院 仲田 和正先生講演記事より引用(http://www.hhk.jp/gakujyutsu-kenkyu/ika/180204-114000.php)
・脊髄損傷直後に、障害レベル以下の全ての脊髄機能が消失した状態(弛緩性麻痺、感覚障害、腱反射消失、膀胱直腸障害、麻痺性イレウス、血圧低下など)
※神経原性ショック(Neurogenic shockとは異なることに注意!)
・脊髄ショックとなった場合は、障害高位以下が完全麻痺となるが、この時点で将来完全麻痺のままかどうかは判定できない(脊髄ショックから離脱した時点で重症度・予後評価することが重要)
・血管拡張および交感神経系の障害により血圧低下、徐脈を引き起こすことがある(これを神経原性ショック neurogenic shockと呼ぶ)
・男性で特に頸髄損傷の患者では、血管拡張による血流増加により持続勃起(priapism)を合併する可能性がある
・脊髄ショックは、数時間〜数週間持続する可能性がある(多くは24〜48時間)
・脊髄ショックからの離脱の指標としては、球海綿体反射の回復がある
球海綿体反射:指を肛門に挿入し、男性なら陰茎、女性なら陰核を引っ張ると肛門括約筋が収縮することを確認する
・脊髄ショックから離脱した時点で完全麻痺が残存する場合は永続的な麻痺になる可能性が高い
・脊髄ショックから離脱した時点で不完全麻痺であれば回復する可能性がある
・ただし麻痺が改善してくる場合はおおよそ4時間以内に回復してくることが多い
早期除圧術
・脊髄損傷後、脊髄が機械的に圧迫され続けると血流が損なわれ、虚血と神経組織の損傷領域の拡大を引き起こす
・脊髄損傷後の早期外科的除圧術の目的は、圧迫を解除し、損傷部位への血流を改善し、二次的な損傷領域の拡大を防ぐこと
・STASCIS studyでは、313人の頸髄損傷の患者を対象に受傷24時間未満での早期受傷の有効性を調べた
・早期除圧群(受傷24時間未満)では、後期除圧群(受傷24時間以降)と比較して、6ヶ月後にAISが2段階以上改善する確立が2.8倍高かった
・統計学的に有意ではなかったが、早期除圧群は急性の院内合併症の発生率低下と関連していた
・カナダの観察コホート研究では、早期除圧術を受けたAIS AとAIS Bの患者では入院期間が短く、早期除圧術を受けたAIS B,C,Dの患者では後期除圧術を受けた患者よりも運動機能が改善したことが示された
・これらの知見を総合すると「Time is Spine」のコンセプトが指示され、長期的転帰を向上させるために早期診断と介入の重要性が強調されている
中心性脊髄損傷と非骨症性脊髄損傷(SCIWORET)
・不完全脊髄損傷の最も一般的な形態である
・典型的には、頚椎症などもともと脊柱管狭窄病変のある高齢患者が転倒などの軽微な外傷で頸部の過伸展を生じることで発症する
・この場合は脊椎の骨折を伴わない非骨症性脊髄損傷(SCIWORET:spinal cord injury without radiographic evidence of injuryとも呼ばれる)となることが多い
・下肢よりも上肢の筋力低下および感覚障害が大きく、通常は脊椎の不安定性は伴わず、自然に神経学的な改善が見られることがある
・基本的な管理については通常の脊髄損傷と同様
・外科治療を行うべきかどうか、行うならタイミングはいつがよいかについては結論が出ていない
・歴史的に、中心性脊髄損傷の症例は術後の成績が悪いという知見があり、早期の除圧術は避けられてきた
・Spine Trauma Study Groupが実施したプロスペクティブデータの分析では、早期除圧術(受傷24時間以内)は、後期除圧(受傷24時間以降)よりも運動機能の改善が得られ、12ヶ月後のAISの改善オッズが2.8倍となった
・24時間以内の早期除圧術と保存治療を比較したCOSMIC studyが進行している
SCIに対するステロイド
・メチルプレドニゾロン(MPSS)は、抗炎症性サイトカインの放出をアップレギュレートし、酸化ストレスを軽減し神経細胞の生存を促進するという仮説がある
・NASCISの研究シリーズでは、48時間の高用量MPSSプロトコールで感染関連合併症(重症敗血症、重症肺炎など)の増加が見られ、神経学的利点の可能性を上回る結果だった
・しかし、より短時間の24時間のMPSS投与(30mg/kg bolus ➔ 5.4mg/kg/h 23時間)では、合併症発生率が大幅に低く、受傷8時間以内のサブグループに限った場合、神経学的予後を改善することが判明した
・2012年に、6つのRCTと観察研究をプールしたコクランレビューのmeta analysisが完了し、受傷後8時間以内にMPSSを受けた患者では、ASIA motor scoreの改善が4 point大きかったことが明らかになった
・その結果、AOSpine guidelines 2016では、重大な医学的禁忌のない患者に対しては、受傷後8時間以内に24時間のMPSS静注を考慮することが提案されている
その他の全身管理
血圧管理
・血管損傷と局所の浮腫は、末梢領域で進行中の虚血の一因となる
・血圧上昇は、灌流を促進することによって危険な組織を保護する有効な戦略として浮上してきた
・AANS/CNS guidelines 2013では、MAP≧85-90mmHgを受傷後7日間維持することを推奨している(根拠は観察研究のみ)
・この戦略には、侵襲的血圧モニタリングや輸液療法、昇圧薬の持続静注のため中心静脈アクセスが必要になることがほとんど
・急性脊髄損傷を対象としたMAP≧85mmHg vs MAP≧65mmHgを比較する非劣性試験が進行している
呼吸器合併症
・呼吸不全、肺炎、肺水腫、肺血栓塞栓症を含む呼吸器合併症は、SCI患者で最も頻繁な合併症
・横隔膜と胸壁の筋力低下は、分泌物のクリアランス障害、効果のない咳嗽、無気肺、低換気につながる
・緊急の気管挿管が必要になることもあるが、固定化および関連する頭部・顔面・頸部の外傷により、気道確保が困難なこともある
・気管挿管患者の気管切開術は、早期に抜管が可能な場合以外は、7−10日以内に施行される
・無気肺や肺炎を予防することを目標に、胸部理学療法は可能な限り早く開始する必要がある
・頻回な気道吸引を必要とすることも多い
VTE予防
・未治療のSCI患者の50〜100%で発症し、72時間〜14日間で発症率が高い
・禁忌がない限りは、早期(72時間以内)に予防を開始する
・低分子ヘパリン(LMWH)もしくは未分化ヘパリン(UFH)を使用する
・断続的空気圧縮(IPC)や弾性ストッキング(GPS)などの機械的予防もよく併用される
ストレス潰瘍予防(SUP)
・特に頸部のSCIではストレス潰瘍のリスクが高い
・PPIによる予防は、入院後4週間推奨される
参考文献
・AANS/CNS guidelines 2013:Neurosurgery. 2013; 60: 82-91.(PMID: 23839357)
・AOspine guidelines 2016:Global Spine J. 2017; 7: 84S-94S.(PMID: 29164036)
・Neurosurgery. 2017; 80: S9-S22.(PMID: 28350947)
・ASIA ホームページ:https://asia-spinalinjury.org
更新
2024/6/6
高位診断のために診察すべきKey Mascleの表を追加
非骨症性脊髄損傷(SCIWORET)について追記
コメント
コメント一覧 (1件)
高位診断や重症度診断は意外とややこしいので正確にできるようにしましょう!
急性期のステロイド投与はどれくらいされているのでしょうか。
脊髄損傷に関しては、専ら再生医療の話が多いですね。